#03 答えがはっきりしない「問い」に対して、みんなで考える意味
「どう解く?」の授業後に、子どもたちに語ったことです。
AさんとBさんは仲の良い友達です。Aさんは、Bさんが忘れ物をしたら貸してあげたり、勉強がわからなかったら教えてあげたり、困ったことがあったら何でも助けてあげたりしていました。
ここで質問です、「A さんはやさしい人でしょうか?」。
この質問に対しては、ほとんどの人が「やさしい」と答えるでしょう。
しかし、A さんがいつもBさんの面倒を見ていた結果、Bさんは1人では何もできなくなってしまった。
もう一度同じ質問をします、「A さんはやさしい人でしょうか?」。
この質問に対しては、「確かにAさんはやさしいけど・・・、う~ん・・・」などと、いろんな意見が出ませんか?
友達がいったいどんな考えを持っているだろうと、聞きたくなりませんか?
世の中には、答えがはっきりしない問題の方が多いです。
道徳の授業では、そんな問題を、「ああだこうだ」言いながらみんなで考えませんか。友達の意見聞いてたら、あっ、「こんな考えもあるんや!」「確かに!」「なるほど!」と、新しい発見もあるかもしれません。
それが、クラスみんなで学ぶ意味なのだと思います。